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 vol.3
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「神様のいたずら」

「誕生日に、あなたの願いを一つ、どんなことでも叶えてあげよう。ただしたった一つだけだよ。そして、それは一度叶ったら、一生取り消すことはできない・・・」
その日がまさに誕生日という日、真美子は、そんな夢を見た。
「ふふ・・・まさか、ね」と思ってはみたものの、悪い夢ではない。
なんとなくうきうきした気分。
今日は良いことがありそうな気がしてくる。
「たった一つだけ、願いが叶うのだとしたら・・・?」
迷うことなく、真美子は自分の体を見下ろし「これしかない」とつぶやいた。
体じゅうにまとわりついた脂肪の塊をつまみ「この体さえ・・・」と真美子は恨めしく思う。
思春期を過ぎてから異様に太り始めた。
今日の誕生日で、21になったのだが、体だけみれば相撲取りと見紛うような体格だ。
ところが、皮肉なことに、真美子の顔はグラビアアイドルやモデルもかすんでしまうほどの超美形である。
その、あまりのアンバランスさに、職場で陰口をたたかれるのに耐え切れず、真美子は仕事も辞めほとんど引きこもりのような生活を送っている。
その生活が元で、益々太っていく。
でも、顔はあい変わらず美しいままである。
「この体さえ・・・」
何度そう思ったことだろう。
しかし、元来怠け者な性格である。
根気も、根性もない。
努力も無くして、なんの変化もあるはずはない。
それでも、真美子がせめて普通なみのプロポーションであるだけでも、真美子の人生は劇的な変化を遂げることだろう。

幸い裕福なうちに生まれ育った真美子は、特に働く必要もない。
テレビを眺めながら、スナック菓子をほおばる毎日である。
こんな真美子の唯一の外出は週に一度ほどの「スーパー銭湯」。
誕生日であるこの日も、数日前から、銭湯に行こうと決めていた。

「ふぅ・・・」
温泉の素を溶かし込んだ乳白色のお湯に肩まで浸かるのが、真美子は好きだ。
それだと、お湯の上には美形の顔のみ。
醜い身体は白く濁ったお湯の中にすべて隠されるからだ。
お湯に浸かった真美子の顔に、皆が見るとはなしに向ける視線が、真美子には心地良い。
そのすべての視線に、美しさへの羨望と、美し過ぎることへの嫉妬が込められているのを感じながら、ふと真美子は、“夢のお告げ”を思い出した。
「ああ・・・この体さえ・・・」
そして、あたりをぐるっと見回す。
たまたま、その日が日曜日だったこともあり、乳飲み子から、おばあちゃんまで女の一生分の、それぞれの段階がそろっている。
もし、自分の体が取替えられるのなら・・・あの人?・・・だめだめ、あの人はおっぱいが小さすぎ。
あの人は?ああ、あの人はやせすぎ・・・じゃぁ、あの人は・・・だめだわ。お腹に手術の痕がある。
あの人はなかなか・・・でもちょっと年齢行き過ぎかもね。
(こうやってそのつもりで見ると、これっていう体ってなかなか無いものねぇ)
それでも、これはけっこう楽しい暇つぶしだった。
さらに、視線をあちこち泳がせる。
その時、真美子の視線が一人の体に釘付けになった。
「きれい・・・」
まさに、完璧なプロポーションであった。
年齢も真美子と同じくらい。
バストの張りも形も大きさも、くびれたウエストも丸く良く熟れた果物を連想させるヒップも、キュッと足首の絞まった真っ直ぐな足も、どこからどこまでも非の打ち所がない。
しばし見とれて、それから、少し考えて「よしっ!!」と真美子は決意した表情で、目を閉じた。
そして唱えた。
もちろん、ゲームのつもりで。
「あの人の体と私の体を取り替えてください・・・」
夢で神様が言ったように、心に強く念じて、年の数そう唱えた。
その時、目を閉じていた真美子は気づいていないが、そんな真美子をまた、その女も見つめて、その後目を閉じた。

「ルリちゃん、本物の女になれたって?だって、手術で外観は完璧だったじゃない。それ以上、どうしようもないじゃないのさ、私たちは。それに心は生まれた時から本物のお・ん・な・よ」
ゲイバーの同僚からの電話に「本当の本当に、本物の女になれたの。でも・・・」
ルリ子は、言いながら電話口ですすり泣いている。
「もう・・・もう、あなたには会えない。店にも行けない・・・」
ルリ子は、神様のお告げどおり、誕生日のその日まさに“本物の女”になれたのだ。
「あの人あんな美人だったから・・・」
その、女の全身まで見たわけではなかったが、ゲイであるルリ子に“本物”かどうかの匂いはかぎ分けられた。
神様はルリ子を、本当の女にしたが、その機能だけではなく、真美子のその体までもをルリ子にあてがった。

一方、真美子は、その瞬間しゅるしゅると自分の体がしぼんでいくような感覚と共に、揺れる湯船の水面に目を見張った。
まさか・・・まさか・・・まさか・・・
おそるおそる、自分の手で自分の体に触れてみる。
まさか・・・まさか・・・まさか・・・
そんな言葉しか浮かんでこない。
その時、女湯の客がざわめいた。
人々の向ける視線の先では、目を覆いたくなるほど醜く太った女が泣き叫んでいた。
やがて、その女は脱兎のごとく更衣室に走り去った。
やっとすべてが納得できた真美子は、頭のてっぺんからつま先まで自信をみなぎらせて、ゆっくりゆっくりその場で立ち上がった。
女湯の客、すべての視線がいっせいに真美子の全身にからみつく。
そして、小さく、大きく、感嘆のため息が漏れた。

真美子は、今また、家に引きこもっている。
普通の女としての幸せが一生手にできないのだということは、ほどなくわかった。
結婚も恋愛も、セックスも、何もかもが真美子の人生から消えてしまった。
今唯一真美子に安堵を与えているのは、食べても食べても、太るどころかまったくサイズの変わらないその体・・・。